2026年1月施行:下請法が「取適法」へ。建設業者が誤解しがちな「適用範囲」と実務対応
2026年1月、下請法は「中小受託取引適正化法(通称:取適法)」へと改正・施行されます。
建設業では「工事の下請は対象外」という理解が先行しがちですが、資材・設計・外注役務・運送といった周辺取引は対象になり得ます。
本記事では、建設業者が最も迷いやすい適用範囲の線引きを軸に、施工管理が巻き込まれやすい実務対応までを網羅的に解説します。
建設業で「適用される取引/されない取引」の線引き
結論から言うと、建設工事の請負(工事の再委託)自体は原則として取適法の対象外です。
ただし、同じ建設業者でも、委託の中身によっては取適法が適用されます。
建設工事の下請(工事の再委託)は原則「取適法の対象外」
建物や土木構造物を完成させるための工事請負は、基本的に建設業法の領域です。
元請が下請に工事の一部を再委託する場合、取引の公正性や契約管理は建設業法の枠組みで判断されます。
ただし、建設業者でも「資材」「設計・図面」「外注役務」「運送」で対象になる
一方で、工事そのものではない委託は注意が必要です。
たとえば以下は取適法の対象になり得ます。
- 資材・部材・プレファブの製造委託
- 設計図・施工図・BIMモデルの情報成果物作成委託
- 測量・調査・各種BPOなどの役務提供委託
- 2026年から新設される特定運送委託
誤解が多い理由(建設業法と取適法が交差するポイント)
誤解の原因は、「業種で判断してしまう」点にあります。
正しくは業種ではなく、委託の内容(取引類型)で判断します。
この整理は、公正取引委員会や中小企業庁の解説でも繰り返し示されています。
取適法(中小受託取引適正化法)とは?下請法から何が変わる
取適法は、従来の下請法をアップデートし、価格転嫁と取引の透明性を高めるための改正です。
法律名・用語の変更(親事業者→委託事業者 など)
上下関係を想起させる用語は見直され、
- 親事業者 → 委託事業者
- 下請事業者 → 中小受託事業者
と整理されます。
適用対象の拡大(資本金基準+従業員基準の追加)
従来の資本金基準に加え、従業員数基準が追加されました。
「資本金が小さいから対象外」とは言えなくなります。
新たな禁止行為(協議に応じない一方的な代金決定など)
見積を根拠に価格協議を求められたのに、
「値上げの話なら受けない」と協議自体を拒否する行為はNGになります。
手形払い等の規制強化
手形払いは原則禁止。
電子記録債権なども、「満額を期日までに得られない」ものは問題視されます。
対象取引に「特定運送委託」が追加(2026年から)
建設現場への納品に伴う配送の外注も、条件次第で対象になります。
【最重要】適用範囲の考え方:取引類型×当事者基準で判定する
取適法の適用判断で最も重要なのは、
「建設業かどうか」ではなく、「何を委託している取引なのか」という視点です。
ここを取り違えると、対象外だと思っていた取引が、実は取適法違反になるという事態が起こります。
判断は、次の2ステップで行います。
ステップ1:取引類型で見る(何を委託しているか)
まず確認すべきは、委託の中身=取引類型です。
建設業であっても、次のような取引は工事請負とは別物として扱われます。
- 製造委託
- 資材・部材・プレファブ・特注金物などを、仕様を指定して製作してもらう取引
→「工事」ではなく「物の製造」が目的のため、対象になり得ます。
- 修理委託
- 建設機械や設備、ユニット類の修理を外部に委託するケース
→修理内容・契約形態によっては取適法の対象です。
- 情報成果物作成委託
- 設計図、施工図、BIMモデル、各種データ、報告書などの作成委託
→施工管理が最も巻き込まれやすい類型です。
- 役務提供委託
- 測量、調査、検査、現場管理補助、各種BPO業務など
→「人に来てもらって何かをしてもらう」取引は要注意です。
- 特定運送委託(2026年~)
- 自社が販売・製造・請負した物品を納品するために、運送だけを外注する取引
→資材配送や引き取りを外注している現場は、2026年以降は特に注意が必要です。
ここでのポイントは、
「工事の一部かどうか」ではなく、「成果物や役務の提供を目的とした委託かどうか」で切り分けることです。
ステップ2:当事者の規模で見る(誰と誰の取引か)
次に確認するのが、委託側・受託側の規模です。
取適法では、
- 資本金基準
- 従業員数基準
のいずれか一方でも条件を満たせば、適用対象になります。
つまり、
「相手が個人事業主だから大丈夫」
「うちは資本金が小さいから関係ない」
といった判断は通用しません。
とくに建設業では、
- 小規模な設計事務所
- 一人〜数名規模の測量会社
- 個人・少人数の外注先
との取引が多く、気づかないうちに適用条件を満たしているケースが非常に多いのが実情です。
「業種ではなく“委託の中身”で判断」するのが鉄則
施工管理が最もハマりやすい落とし穴は、
「建設業だから、下請法(取適法)は全部関係ない」という思い込みです。
実務では、次のような誤解が頻発します。
- 工事に関係しているから全部「工事請負」だと思ってしまう
- 一式契約にしているから、法令は建設業法だけだと考えてしまう
- 現場指示ベースで動いているため、委託の性質を整理していない
しかし、法律上は
「工事」なのか、「成果物・役務の委託」なのかで、適用されるルールが分かれます。
特に施工管理は、
- 設計外注
- 図面修正
- 調査・検査
- 納品に伴う配送
といったグレーになりやすい委託の起点になりやすいため、
「これは工事か?それとも委託か?」と一段立ち止まって考える視点が不可欠です。
業種名ではなく、委託内容そのものを見る。
これが、取適法対応で最も重要な実務感覚です。
実務対応① 契約・発注の整備(施工管理が守るべき書面)
発注時に明示すべき条件
- 業務範囲
- 納期・検収方法
- 代金・支払期日
口頭・LINE指示が増えるほど危ない
後追いでも文書化(電子可)を徹底します。
変更・追加は「別発注」で整理
設計変更や追加運送は、別発注・追補契約が安全です。
実務対応② 支払条件と資金繰り(サイト・手形・電記の見直し)
支払期日の基本
受領日から60日以内が原則です。
手形・電記のリスク
満額を期日までに得られない手段はNGになりやすくなります。
協力会社に説明できる条件整理
支払条件はテンプレ化し、説明可能な状態にします。
実務対応③ 価格協議と「記録」の作り方
NGになり得る行為
- 協議拒否
- 説明不足
- 一方的な代金決定
見積を受けたら残すもの
協議メモ・根拠資料・決定プロセスを保存します。
現場で回る基本フロー
見積 → 協議 → 合意 → 発注 → 変更 → 検収 → 支払
違反するとどうなる?(行政対応・企業リスク・現場への波及)
取適法は「罰金が出るかどうか」だけの話ではありません。
一度指摘を受けると、会社全体・現場実務・人の採用まで連鎖的に影響します。
勧告・公表の影響(数字より“信用”が削られる)
取適法に違反した場合、状況に応じて指導・助言・勧告が行われます。
特に重いのが、勧告と社名公表です。
社名が公表されると、次のような影響が現実的に起こります。
- 元請・発注者からのコンプライアンス評価の低下
- 新規取引・JV参加時の事前チェックで不利になる
- 金融機関・保証会社からのリスク評価の悪化
- 求職者から「法令違反企業」と見られ、採用が一気に難しくなる
特に建設業では、
「現場は問題なく回っているのに、バックオフィス由来の法令違反で信用を落とす」
というケースが最もダメージが大きくなりがちです。
「現場の慣習」が問題化しやすい理由
取適法で問題にされやすいのは、
現場では当たり前だった運用です。
たとえば、
- 口頭やLINEで発注し、書面を後回しにしている
- 「今回もこの金額で」と価格を据え置いている
- 忙しいからと、価格協議の要請を後回し・スルーしている
- 手形や実質的な長期サイトの支払いが残っている
これらは現場感覚では「昔から普通」でも、
法的には「協議に応じない一方的な代金決定」や「支払条件の不適正」として問題になります。
重要なのは、
悪意があったかどうかは、ほぼ関係ないという点です。
「知らなかった」「慣例だった」「忙しかった」
→ いずれも免責理由にはなりません。
現場・施工管理への波及リスク
違反が問題化すると、
施工管理が直接責められるケースも少なくありません。
- 「誰がその外注を指示したのか」
- 「なぜ価格協議の記録がないのか」
- 「なぜ支払条件を把握していなかったのか」
といった形で、
現場判断の積み重ねが、後から検証対象になります。
だからこそ、
- 発注内容の整理
- 協議の有無の記録
- 変更・追加の書面化
を「自分を守るため」に残すことが重要です。
よくある質問(FAQ)
-
建設工事が対象外なら、建設業者は無関係?
-
いいえ。工事以外の委託は対象になり得ます。
-
一人親方は保護対象?
-
条件を満たせば対象になります。
-
資本金が小さくても対象になる?
-
従業員数基準で対象になる場合があります。
-
運送委託は全部対象?
-
納品に必要な運送など、特定条件で対象です。
制度は「知って終わり」にしない。施工管理の実務でどう使うか?

取適法は、条文や概要を知っただけでは現場では守れません。
実際に迷うのは、次のような場面です。
- これは工事?それとも委託?
- この外注、書面はどこまで必要?
- 価格協議って、何を残せば十分?
- 支払サイト、どこまでなら安全?
こうした施工管理のリアルな判断ポイントは、
制度解説だけではなかなか見えてきません。
施工管理チャンネルMAGAZINEでは、
- 建設業×法改正(取適法・建設業法・インボイス等)
- 現場・調達・バックオフィスが交差する実務論点
- 「グレーになりやすい判断」をどう切るか
といったテーマを、施工管理目線で深掘りしています。
まとめ:2026年までにやるべきチェックリスト(施工管理向け)
- 工事/工事以外の委託を切り分ける
- 注文書・契約書を電磁前提で整備
- 支払期日・手形の見直し
- 価格協議の記録化